深夜、ヘッドライトを頼りに雪面を登る登山隊

高度順応は、ゴラクシェプへ向かう静かな道のりと、プモリ山のベースキャンプまで続く白い尾根でゆっくりと進んでいった。
EBCではエージェントが食事と体調を丁寧に管理してくれ、体は雪山の空気に自然と馴染んでいった。
今回の登山は、キャンプ以降に順応日を置かない“一発勝負”の行程だった。

初日、クンブアイスフォールの不安定な氷の迷宮を少しでも安全に越えるため、午前一時の闇の中を歩き出す。両足を失ったロシア人が静かにエベレストを目指して進む姿を見た瞬間、胸の奥で何かが強く灯った。

夜間のクンブアイスフォールでロープを使って進む登山者クンブアイスフォールのクラックに架けられたラダー

最大幅を更新したクラックに架かるラダーは冷たい緊張を足裏に伝えたが、練習の積み重ねが私を支え、無事に通過できた。

黄色いテントが並ぶキャンプ3を歩く登山者

クラック帯を抜けると雪原は急に穏やかさを取り戻し、キャンプ1が白い静寂の中に現れた。
太陽の気配が満ち始める谷を、私はキャンプ2へウエスタンクームを歩き出した。

午前八時を過ぎると渓谷に差し込む光は容赦なく、日差しは肌を刺すように痛い。
岩の上に設営されたキャンプ2は、ローツェフェースへ挑む前の最後の平坦な安息地だった。
標高6400m。
思いのほか快適で、二泊のあいだに体は再び力を取り戻した。

ローツェフェースの斜面に設営された高所キャンプ

ローツェフェースは山頂まで2000mの高度差を抱え、斜度は鋭くそのピークへ向かって伸びている。取りつきから酸素ボンベを使い、呼吸と歩幅を一定に保ちながら進む。

キャンプ3は斜面そのものに設営するしかなく、テントの外はすぐ落ちていくような急斜面だった。
酸素を吸いながらの睡眠は浅く、夜は長く静かだった。

固定ロープを使ってローツェフェースを登る登山者

翌朝、続く急斜面をゆっくりと登りながらキャンプ4へ向かう。
イエローバンドを越える頃には、登山者たちの呼吸は荒く、足取りは重くなっていた。

ローツェキャンプ4は、エベレストのサウスコルへ続く道の脇、7800mの風が吹き抜ける場所に設営されていた。ここまで来ると、体は高度の重さをはっきりと訴えてくる。

眠れぬ夜を越え、深夜十二時、星が瞬く静寂の中でサミットプッシュが始まった。
八千メートルを超えると、酸素を使っていても胸は苦しく、喉は乾く。
「もっと水を取っておけばよかったか」とひとりつぶやく。

クーロワールでは、先行者の足元から落ちるクラスト雪が音もなく滑り落ちていく。
終わりの見えない闇の斜面を登り続けると、やがて夜がほころび、世界が淡い光を取り戻す。

ローツェ・クーロワールの急な雪壁を登る登山者

真横には思いのほか鋭鋒としてのエベレストが姿を現し、ヒラリーステップ付近にはヘッドライトの光が点々と瞬いていた。

体力が尽きかけた頃、クーロワールは終点を迎え、左手にローツェの山頂が風の中に立っていた。
先行者の登頂を見届け、狭い山頂へ足を踏み入れる。
ローツェより高い山はエベレストだけで、360度の空は遮るものなく広がっていた。
南面の断崖。
眼下のアイランドピークとプモリ。
横にはヌプツェ。
遠くにはチベット高原、マカルー、チョーオユー。
人生の重要な一場面が、静かに胸の奥へ刻まれていく。

標高8,516mのローツェ山頂に到達した登山者

好天に恵まれ、ただただ感謝があふれた。
山頂滞在は撮影のみで五分足らず。
名残を胸にしまいながら山頂を後にする。

キャンプ4へ戻り、短い休息ののち、安全なキャンプ2まで一気に下降した。
キャンプ2に着くと、食事を終えテントに入った瞬間、気絶するように眠りに落ちた。
翌朝、キャンプ2を後にし、EBCまでの帰路を終始笑顔で歩き続けた。