
極端に滑走路の短い空港のあるルクラに一泊した翌朝、高揚感の中、石畳のエベレスト街道を歩き始めた。

隣にはガイドとポーター。
標高2800mではまだ息苦しさはなく、身体は軽い。
街道脇にはマニ石が点々と並び、畑に目をやればジャガイモの芽がようやく土を押し上げていた。

カランカランとロバが荷物を担ぎながら団体で歩いている。
小雨の当たったその夜はベンカルの宿に泊まり、ダルバートをゆっくり味わった。
2日目、ベンカルを出た後、サガルマータ国立公園のゲートで許可申請を済ませ、街道をさらに進む。
ヒラリーブリッジの高さに思わず息をのむ。
ナムチェへの急登に心拍の乱れを感じる。
酸素が薄いことに体が気づき始めている。
街道随一の大きな町であるナムチェには、必要なものがすべて揃っているように感じられた。

高度順応のため3日目はナムチェに滞在。
その日はエベレストビューホテルまで歩いてティータイムを過ごす。
テラスから望む景色は、エベレストはもちろん、ローツェ山群(中央峰、シャール峰、本峰)、そして近くに聳えるアマダブラムが圧倒的な存在感で迫ってくる。
4日目はやや長い行程となる。
エベレスト街道最大の寺院があるタンボチェを越え、パンボチェ(4000m)へ。
森林限界を超えたこの標高では樹木は少なくなり、歩みがさらに重くなるのを感じた。

5日目、ディンボチェ(4400m)へ向かう。
ここまで来ると、街道沿いにあったマニストーンや寺院の姿は消え、恒常的に人が暮らせる限界の高さとなる。
これより上の村には、冬季に人は常駐しない。
6日目は町の隣にある丘(5000m)へ高度順応のため登った。
周りの山々が素晴らしい景色で出迎えてくれる。

7日目はロブチェ(4900m)へ。
途中にはメモリアルパークがあり、ヒマラヤで命を落とした人々の遭難碑が静かに並んでいる。
クンブ氷河の入り口に位置するその場所は、どこか寂しさを帯びていた。
動物もロバから馬、ヤクへと変わり、町はこじんまりとして宿と商店が少しあるだけ。
休憩のための集落という印象が強い。
8日目はゴラクシェプへ。
EBCへ向かう街道沿いで最後の村である。
カトマンズでは1リットル60ルピーだった飲用水が、ここでは500ルピーに跳ね上がる。
エベレストベースキャンプを目指すトレッカーにとって最高地点となるカラパタールの丘(5500m)も、この村の背後に控えている。

クンブ氷河に沿ってつけられた登山道を進むと、ついにベースキャンプへ到着する。
遠くからも見えていたプモリが巨大な鋭鋒として眼前に迫り、ヌプツェの背後にはエベレストが姿を見せる。

行程は約50km、最終標高は5300m。
順応が順調でも、日本で暮らす日常の半分の酸素量ではやはり苦しい。
しかし、その苦しさを上回る達成感と、美しい山々の姿は、いつまでも心に残る旅の記憶となった。
